『アド・アストラ』父と子を描いた大人向けのSF映画

概要

『アド・アストラ』は2019年に公開されたSF映画。監督は、主演はブラッド・ピットが務めている。
宇宙飛行士のロイは海王星へ父を探しに向かう中で自身の生き方と向き合うことになる。

あらすじ・ストーリー

月や火星にまで人類が進出した近未来。ある時宇宙嵐(サージ)が発生し、4万人以上が命を落とす事故が発生。

宇宙飛行士のロイは軍の秘密会議に呼ばれ、サージの原因として16年前に消息を絶ったリマ計画のメンバーであるクリフォードの消息を確認してほしいと頼まれる。
リマ計画とは冥王星付近で地球外生命体を探索するプロジェクトであり、クリフォードはその責任者、そしてロイの父親でもあった。死んだと思われていたクリフォードは地球のはるか彼方で生きていた。

ロイは父に会い、リマ計画を破壊するという極秘機密の任務を負って宇宙へ旅立つ。まずロイは父のクリフォードの元同僚のプルーイットとともに中継点の月に降り立つが、そこで略奪団の襲撃に遭い、プルーイットは命を落とす。ロイは火星に到着し、そこで父との交信を試みるが、次第に心理状態が不安定になり、任務を解任されてしまう。

そんな中、火星基地の責任者であるヘレンから事態の真実を知ったロイはひとり父を尋ねに海王星までの孤独な旅をつづけるのであった。

感想・解説

本作はSF映画の体裁をとってはいるが、本質はそこではない。
むしろ、本作のテーマを語るには宇宙という場所を用意する他なかったのだと思う。

本作のテーマとは「父と子」。夢を追うあまりに狂気に陥った父親とそれに向き合う息子だ。
私たちはロイに自らを重ね合わせ、クリフォードの狂気と対峙する。

それには前人未到の地(フロンティア)を描く必要があった。だが歴史とともに秘境や未踏の地は地球上からなくなり、フロンティアを現実世界の中で描くことは難しくなってきた。

かつてはインディアンを悪者にして未開の西部をフロンティアとして開拓する物語を描けただろうが、今の時代ではそれはこちらが他者の文化や尊厳を踏みにじる悪になってしまう。
世界のあらゆる地にもう人間の手はのび切ってしまっている。

もはや宇宙にしかフロンティアはない。それも月などではなく、はるか遠く未踏の地だ。

地球とそこでしか、クリフォードの持つ孤独は表現し得なかったのだろう。本作は夢のために何もかもを犠牲にしてきた男の話だ。
家族や仲間はおろか、自分自身さえも。

そこにお決まりの「家族の絆が全てに勝つ」という幻想が入り込む余地はない。むしろ家族であればこその距離や責任、役割を冷静に写し出す。

そしてロイはなにもかもを捨ててもはや狂信的とも言える計画への執着を見せる父の中にもう一人の自分の姿を見出していく。

やはりこの映画はSF映画ではない。

評価・レビュー

73点

SF映画ということで痛快なエンターテインメントを期待した人には肩透かしを食らうだろう。本作の宣伝も宇宙の果てでブラッド・ピットを何が待ち受けているかというところに主題が置かれているが、映画のメッセージはそこにはないからだ。

父親との邂逅を果たして、自分自身を見つめなおしていく物語。しかしそれを実現するためにはフロンティアが必要であり、そしてそれは宇宙というSFの中にしか存在しえないのだ。

ただ、大人向けの映画としての完成度は高く、圧倒的な気迫で迫るトミー・リー・ジョーンズの悲哀と理念への狂信の演技は見逃せない。

作品情報・キャスト・スタッフ

2019年製作/ 123分/アメリカ

監督
ジェームズ・グレイ

脚本
ジェームズ・グレイ
イーサン・グロス

主演
ブラッド・ピット
トミー・リー・ジョーンズ

>CINEMA OVERDRIVE

CINEMA OVERDRIVE

ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。