概要
三谷幸喜と言えば、日本でもトップクラスの打率を誇る映画監督だろう。前々作となる『ギャラクシー街道』では大コケし、酷評の嵐となってしまったが、前作『記憶にございません!』で完全復活を印象付けた。
しかし2024年に公開された長澤まさみ、西島秀俊主演の『スオミの話をしよう』は一転して賛否両論に分かれる評価となった。
一体それはなぜだろうか。
あらすじ・ストーリー
刑事の草野は部下の小磯杜夫とともに人気の詩人である寒川の家へ招かれる。そこには出版社の社員で、寒川の身の回りの世話をしている乙骨直虎という男がおり、草野は乙骨から寒川の妻であるスオミが姿を消したと聞く。誘拐の可能性もあり、草野は捜査を進めていくが、寒川はスオミはすぐに戻ってくると言い、警察沙汰にすることを頑なに拒む。
しかし、草野は行き先も告げずにスオミが出ていくのは考えづらいと感じていた。実は草野はスオミの前の夫だったのだ。さらに、寒川の家で使用人として勤めていた魚山大吉もスオミの最初の夫であることが判明。おまけに草野の上司である宇賀神守もスオミの失踪を知り、寒川の家へ駆けつける。宇賀神もまたスオミの前の夫だった。
しかし、それぞれがスオミに抱く印象は異なっていた。果たしてどれがスオミの真実なのか?そしてスオミはどこへ消えたのか?
そんな中、誘拐犯を名乗る男から、寒川へ電話がかかってくる。
感想・解説
正直に言うと、三谷幸喜のブランドを過度に期待して観に行くと危険な作品だ。特に映画監督としての三谷作品にしか接していないと余計にそう思うかもしれない。
今回は愛する(元)妻を救うために(元)夫たちが団結して誘拐犯に立ち向かう物語だ。
みんなが目的のために一致団結する、これは昔からの三谷映画のある種のフォーマットとも言える。
初監督作『ラヂオの時間』では出演者のわがままで設定はおろか、ストーリーまで変更される流れになり、番組のディレクターである工藤はスタッフとともに原作者の望む結末に修正すべく、行動を起こす。
『みんなのいえ』では、反目し合っていたインテリアデザイナーと大工の棟梁が家づくりのために互いを理解し協力し合うようになっていく。
『ザ・有頂天ホテル』は大晦日のパーティーを成功させるために、副支配人を中心としてそれぞれに巻き起こる騒動やアクデントを乗り越えていく群像劇。
他にも『ザ・マジックアワー』などもそういった筋書きの映画だ。
そういった意味ではいつもの三谷作品を裏切らない面はある。もちろん、群像劇のテイストもあり、それぞれにしっかりした場面が与えられており、ドラマを牽引するのが主人公のみということもない。
こうした面は今更ながらだが、三谷幸喜が舞台出身の脚本家というのもあるのだろう。
そもそも脚本家は、それを演じてくれる俳優や、演出も含めてディレクションできる監督がいなければ成り立たない。加えて劇団の成功には団結力も不可欠。
そうした舞台の経験が三谷幸喜の作風の根底にはあるのだろう。
三谷映画の特長に「長回し」があるが、これも舞台の性質から来ている。舞台は基本的にカットという概念がない。場面転換はあるだろうが、基本的には始まったらノンストップのワンカットだ。
特に『スオミの話をしよう』では過去の三谷作品に比べて、舞台らしさが強く感じられる。
冒頭からの長回しもそうだし、ほぼ寒川のリビングというワンシチュエーションで物語が進んでいくのもそうだ。
そうした視点で観ると、『スオミの話をしよう』には見どころが多くある。
もちろん長澤まさみファンは必見だ。もともとが長澤まさみをメインで撮りたいというところから始まった企画なだけに、様々な長澤まさみの演技や魅力が(ファッション含めて)詰まった作品になっている。
三谷幸喜は今作を「映画と舞台のいいとこ取り」と評していたが、今まで三谷幸喜が見てきた長澤まさみの「いいとこ取り」の作品でもある。
評価・レビュー
62点
ではなぜ否定されるのかというところにも踏み込んでおこう。まぁこの点数の理由を解説することとほぼ同じなのだが、長澤まさみ演じるスオミ自身のキャラクターが見えてこないからだ。
全体的にはコメディタッチのミステリーで進んでいくのだが、どうも種明かしとその後のストーリーが弱いように感じる。
あまりネタバレになるので言えることは少ないが、人を選ぶ笑いにはなっていると思う。
三谷幸喜の過去作には、みんなが笑える共通要素が多かった。それは時代性を排除した笑いとも言える。
今作を観ていて、一つ気になったことがある。三谷幸喜の過去作と比較して、時代性が反映されていることだ。元夫の中にユーチューバーがいたりするのがその最たるものだ。
過去作では、最先端のものよりもどこか古めかしいものがキーポイントになっていた。
例えば『ラヂオの時間』ではアナログな方法で効果音を出したり、『ステキな金縛り』では幽霊ものであったりという形だ。
『スオミの話をしよう』はこれまでの三谷幸喜の映画とはやや趣が異なるかもしれない。
それを新しい挑戦と取るか、迷走と取るかは観ている一人一人の判断にはなるだろう。
作品情報・キャスト・スタッフ
2024年製作/114分/日本
監督
三谷幸喜
脚本
三谷幸喜
出演者
長澤まさみ
西島秀俊
松坂桃李
瀬戸康史
遠藤憲一
小林隆
坂東彌十郎
戸塚純貴
阿南健治
梶原善
宮澤エマ