概要
『記憶にございません!』は2019年に公開された三谷幸喜監督、中井貴一主演のコメディ映画。
中井貴一が三谷映画に出演するのは『ステキな金縛り』以来。三谷幸喜としては8作目になる監督作品だ。
あらすじ・ストーリー
総理大臣の黒田はそのその傍若無人かつ自己中心的な振る舞いや態度が災いし、支持率は2.8%まで下がっていた。
ある演説中、有権者から黒田に石がぶつけられる。
石は頭に直撃し、黒田は記憶をなくしてしまう。
現職の総理大臣が記憶をなくしたことはトップシークレットとなる。黒田は秘書官などのサポートも受けつつ、イチから政治について取り組み始める。
感想・解説
『ギャラクシー街道』の怪作ぶりで多くのファン(私もその一人だ)を不安にさせた三谷幸喜だが、見事に今作で復活を果たしたと思う。
日本映画の歴史を振り返れば、黒澤映画の脚本を多く務めた名脚本家の橋本忍も『幻の湖』という怪作を作り上げている。どんな名脚本家もたまには迷走してしまうということなのだろう。
まぁ『幻の湖』に関して言えば、迷走どころではなく興行的に大失敗、橋本忍のキャリアを事実上終了させたというとんでもない作品でもあるのだが(だがそれゆえに邦画屈指のカルト映画として有名だ)。
今回の『記憶にございません!』の主演は中井貴一。三谷作品とはテレビドラマ『天国から北へ3キロ』、映画では『みんなのいえ』、『ザ・マジックアワー』、『ステキな金縛り』への出演歴がある(『みんなのいえ』、『ザ・マジックアワー』ではカメオ出演)。今作の『記憶にございません!』では『ステキな金縛り』のシリアスな弁護士役とはうって変わって記憶をなくした総理大臣をコミカルに演じている。
また、三谷幸喜にとっては1997年のテレビドラマ『総理と呼ばないで』以来の総理大臣が主役となる作品だ。
『総理と呼ばないで』と『記憶にございません!』の共通点はどちらも支持率が最低の総理大臣が主人公ということだ。
『総理と呼ばないで』で田村正和が演じる総理の内閣支持率は1.8%、対して『記憶にございません!』で中井貴一演じる黒田総理の支持率はなんと2%台。
今作が公開された2019年当時の総理大臣は安倍晋三だったが、当時の支持率は40%近くあった。
対称的に今の岸田内閣の支持率は17%程度(毎日新聞の調査による)であることから、『記憶にございません!』はむしろ今でこそより「響く」内容となっている。
『記憶にございません!』は記憶喪失になった史上最低の総理大臣が純粋な気持ちで政治に向き合い直すドラマだ。
暴力で政治を変えるのは許されざる行為だが、国民の声をいくらぶつけても政治は変わりそうにない。
『記憶にございません!』は確かに面白い。
だが、公開当時よりも日を増すごとに『記憶にございません!』に感じる一種の羨ましさは強くなるばかりだ。
評価・レビュー
92点
冒頭に記憶喪失になった黒田が街を彷徨い歩き、国民から冷たくあしらわれる場面がある。それが国民の生の声であり、政治を測る温度感でもあるのだ。
今の総理にもなにもお膳立てされていないところで是非国民の本当の声に触れてほしいと思う。
本作はあくまでも政治コメディなのだが、そこには現実社会に対する強烈な風刺がある。公開当時、個人的には今作を政治ファンタジーだとも感じていて、邦画では欧米の映画のように実際の政治をベースにした骨太の作品が作られないことにヤキモキする部分もあった。
しかし、今改めて観直すと、そこに実在の政党名や政治家を連想させるものがなくても、政治の理想を純粋に描いたこの作品は現実の政治への強烈なカウンターとなっている。それほど今の政治がひど過ぎるということでもあるのだが。
政治の理想を描くという点『素晴らしき哉、人生!』フランク・キャプラ監督の『スミス都へ行く』を彷彿とさせる(ちなみに『スミス都へ行く』は『ステキな金縛り』の中で主人公の宝生エミの父親の好きな映画として言及される)。
作品情報・キャスト・スタッフ
2019年製作/127分/日本
監督
三谷幸喜
脚本
三谷幸喜
主演
中井貴一
ディーン・フジオカ
石田ゆり子
小池栄子
斉藤由貴
吉田羊
木村佳乃
田中圭
草刈正雄
佐藤浩市