概要
『アイ・アム・レジェンド』は2007年に公開された監督、ウィル・スミス主演のSFホラー映画。
リチャード・マシスンの小説『地球最後の男』を原作に地球でただ一人生き残った男とゾンビ化した元人間ダーク・シーカーズの戦いを描く。
あらすじ・ストーリー
癌の特効薬として開発されたワクチンが突然変異を起こし、クリピン・ウイルスとして世界中のほとんどの人を死に追いやった。
残された僅かな人々もゾンビ化し、光への耐性と体毛を失い、凶暴化したダーク・シーカーズへと変貌していた。
軍の科学者であるロバート・ネビルは家族を失いながらも一人無人と化したニューヨークでダーク・シーカーズを人間へ戻す研究を続けていた。
なぜかウイルスに耐性のあったネビルは愛犬のサムとともに孤独な日々を送っている。
ある日、研究のために女性のダーク・シーカーズを捕らえたことでネビルの毎日には危険が近づいていた。
感想・解説
リチャード・マシスンのSF小説『地球最後の男』の三度目の映画化作品が今作『アイ・アム・レジェンド』だ。
『地球最後の男』は現代のゾンビ映画の原点である『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に強い影響を与えた作品として知られている。元々人間であった怪物が一軒家を包囲するという描写にそれは顕著に現れている。ゆっくり歩き、人間を襲うというのも共通している。
と同時に『地球最後の男』は価値観の逆転を描いた作品でもある。
ネヴィルは昼間に夜な夜な自分たちを襲う怪物を殺して回っている。しかし、その中には実は怪物化していない「新人類」もおり、彼らの一団にネヴィルは捕らえられ、処刑されようとなってしまう。怪物退治をしている自分こそが怪物だった。そうネビルは気づくのだ。
今作『アイ・アム・レジェンド』も当初は原作にならい価値観の逆転を描いたエンディングだった。
ネヴィルはダークシーカーズを理性を失い、本能のままに人間を襲う怪物だと考えている。実際にはダークシーカーズには罠を考えネヴィルを捕らえるという知性や団体行動を行う社会性もあるのだが、それらはネヴィルが認めたくない事実でもあった。
ある夜、ネヴィルの家をダークシーカーズの一団が強襲する。ネヴィルはアナやその子供と地下室へ逃げ込むが、そこへもダークシーカーズは迫ってくる。その時にダークシーカーズのボスが蝶のマークをガラスに描く。その様子を見てネヴィルはダークシーカーズの真の目的を知る。
彼らには彼らの社会があり、恋人もいた。ネヴィルが捕らえたのはボスの恋人だったのだ。ネヴィルの背後には実験に使った多数のダークシーカーズの写真がある。ダークシーカーズにとって、ネヴィルは仲間を大勢殺害した「怪物」だったのだ。ネヴィルはその事に気づき、ダークシーカーズに詫びる。そして、ネヴィルとアナたちは自分たち以外の生存者を探して旅を続けるというラストシーンで映画は幕を閉じる。
しかしながら、公開版のエンディングはそれとは全く真逆だ。地下室へ逃げ込んだネヴィルとアナたちだが、やはりそこにもダークシーカーズたちは迫ってきていた。追い詰められた彼らが見たものは捕らえたダークシーカーズが人間へ戻っていこうとする姿だった。ネヴィルはダークシーカーズから血清を採取、それをアナに渡し、ダークシーカーズもろとも自爆する。ネヴィルは人類を救った英雄として「伝説」になるのだ。
以上が公開版のエンディングだが、どうしてこうも違うエンディング になったのだろうか?
そこには当時のアメリカの世相がみてとれる。イラク戦争が終わり、その大義が改めて問われるようになった当時のアメリカ。大量破壊兵器を隠し持っている独裁政権を倒し、民主主義を根付かせるというその「正義」は本当に正しかったのか?振り返ってみれば、イラクの治安は悪化し、常にテロの恐怖にさらされる状態になってしまった。タリバン以上の武装組織と原理主義組織を生み出し、当時のブッシュ政権にしてみれば、パンドラの箱をあけたようなものだったろう。
『アイ・アム・レジェンド』の当初のエンディングはそのままこの当時のアメリカに重なるのだ。イラクは遅れている、独裁制はよくない、大量破壊兵器をもっているはずだという思い込みで戦争を始めたアメリカと、ダークシーカーズは知性も社会性もないと思い込み、治療のための実験だとしてもダークシーカーズを結果として殺していたネヴィル。
これは今作『アイ・アム・レジェンド』に限った話ではない。アメリカが自らの行いを直視できないでいることは他の映画にも現れている。
1994年に公開された『ブレイブ』もそうではないか。
ジョニー・デップの初監督作品であるこの映画はカンヌでは高い評価を得たものの、本国アメリカでは酷評された。傷ついたジョニー・デップはアメリカでの公開を見送り、ビデオスルーとなった。
『ブレイブ』はインディアンの青年、ラファエルが主人公だ。貧しい生活を送る彼は家族のために高額の報酬が出るスナッフ・フィルムへの出演を決意する。
スナッフ・フィルムとは実際の殺人を娯楽目的で収めたビデオのことだ。ラファエルは家族のために命を捨てる。
インディアンの貧困には白人による迫害の歴史がある。そしてラファエルにスナッフ・フィルムへの出演を依頼する大金持ちもまた白人だ。(余談だが、大金持ちを演じたのはジョニー・デップとも親交の深かった故マーロン・ブランド。彼もまたインディアンの人権保護に熱心で 、本作には無償で出演している。)
『ブレイブ』の2年前にはアメリカをこれでもかと礼賛した『フォレスト・ガンプ』が公開され、大ヒットした。『フォレスト・ガンプ』は個人的にも大好きな映画だが、同作には公民権運動や黒人差別の問題がごっそり抜け落ちているという批判の声も根強い。『大統領の執事の涙』の監督、は「」とまで発言している。
『アイ・アム・レジェンド』の原作『地球最後の男』は『ナイト・オブ・リビングデッド』に影響を与えたのは前に書いた通りだ。
映画監督のジョージ・A・ロメロはアメリカ社会への皮肉を込めて『ナイト・オブ・リビングデッド』を撮った。ロメロの社会批判は続編の『ゾンビ』にも引き継がれている。『ナイト・オブ・リビングデッド』『ゾンビ』は歴史に残るホラーになった。それはホラーの枠に留まらないメッセージがあったからだ。
『アイ・アム・レジェンド』に果たしてその精神はあるだろうか?
評価・レビュー
71点
作品情報・キャスト・スタッフ
2007年製作/100分/アメリカ
監督
フランシス・ローレンス
脚本
マーク・プロトセヴィッチ
アキヴァ・ゴールズマン
主演
ウィル・スミス
サリー・リチャードソン
アリシー・ブラガ
ダッシュ・ミホク