『大統領の執事の涙』「フォレスト・ガンプ」が映さなかったもう一つのアメリカ

概要

『大統領の執事の涙』は2013年に公開されたリー・ダニエルズ監督、フォレスト・ウィテカー主演のドラマ映画。

数多くの歴代の大統領に仕えた黒人の執事、ユージン・アレンをモデルにした物語だ。

あらすじ・ストーリー

1928年、南部で父親とともに綿花畑の小作人として働いていたセシル・ゲインズは、目の前で畑の主人に父親を殺されてしまう。

哀れに思った主人の母から給仕係として引き立てられることになるが、成長したセシルはいずれ自分も主人に殺されると思い、農場を脱走する。

食べ物を盗みに入った店で、そこの店の主人からホテルの仕事を紹介される。

ホテルでの働きぶりから、セシルはホワイトハウスの大統領たちの執事としてスカウトされる。

家庭も持ち、仕事も順調なセシルだったが、息子のルイス大学に入学すると同時には熱心な公民権運動の活動家になっていった。命を危険にさらす運動に反対するセシルと、自らの手で権利を獲得すべきだと訴える息子の間の溝は大きくなっていく。

感想・解説

「『フォレスト・ガンプ』への反論として撮った」と監督のリー・ダニエルズは述べている。

1994年に公開された『フォレスト・ガンプ』は知能指数は低いが、純粋な心を持つ青年のフォレスト・ガンプを主人公に、彼の少年時代からの前半生を描いた物語だ。

エルヴィス・プレスリーやジョン・レノン、ケネディやニクソンなど当時の時代を象徴する人物たちをCGでフォレスト・ガンプと「共演」させた映像は高い評価を受けた。

また、フォレストが幼なじみのジェニーに寄せる一途な想いに代表されるようなヒューマニズム溢れる内容もまた多くの感動を呼んだ。

かくいう私も『フォレスト・ガンプ』は大好きな作品だ。最初に観たのはテレビの映画番組で小学生の時だったが、これほど良い映画があるのかと感動した。

ただ、大人になってから『フォレスト・ガンプ』に政治的な偏りがあることも知った。

フォレストが生まれ育ったのはアメリカのアラバマ州なのだが、この地域は全米の中でも最も人種差別が激しかった地域の一つだ。にも関わらず、『フォレスト・ガンプ』で描かれる公民権運動と言えば、当時のアラバマ州知事、ジョージ・ウォレスによる黒人生徒の入学拒否問題くらいである。

黒人の地位向上を目指したブラックパンサー党なども登場するは登場するのだが、描かれているのは女性に暴力を振るう姿くらいだ。確かにブラックパンサー党は暴力も辞さない姿勢の党ではあったが、これでは意味が違う。

そういったことで実は『フォレスト・ガンプ』は批判の声も大きい映画なのだ。

『大統領の執事の涙』は『フォレスト・ガンプ』と同じく戦後史を駆けた一人の男を描いた映画だが、その軸はあくまでも公民権運動にある。『フォレスト・ガンプ』とは対を成すような作品だ。

当時の黒人としては最高の職業の一つとも言える、大統領の執事であるセシルと、そもそもの黒人の地位向上を目指す息子のルイスは反目し合うが、時代とともにその価値観も変化してゆく。

本作はバラク・オバマ元大統領から、セシルがホワイトハウスに招かれる場面で幕を閉じる。

オバマ自身も本作を鑑賞し、以下の感想を残している。

「私はこのホワイトハウスで働いていた執事だけではなく、有能で熟練した人々の全ての世代のことも考えながら涙ぐんだ。しかしジム・クロウ法や差別のために、彼らの行ける道は限られていた」

評価・レビュー

84

隠れた良作だと思う。『フォレスト・ガンプ』はロック・ミュージックなどのカウンターカルチャーやポップカルチャーへの目配せも行い、どんな人にもわかりやすい作品であったが、こちらの『大統領の執事の涙』は公民権運動と、実在の人物をベースにした話ということで、どうしてもシリアスで真面目な作品にならざるを得ない。

『フォレスト・ガンプ』、『大統領の執事の涙』両方を観てみることでアメリカの戦後史をフラットに理解することができるのではないだろうか。

好き嫌いのありそうなテーマだけにこの点数にしたのだが、欲を言えば好き嫌いの前にまずは一度観てみてほしい作品だ。きっと心に何かを残してくれると思う。

作品情報・キャスト・スタッフ

2013年製作/132分/アメリカ

監督
リー・ダニエルズ

脚本
ダニー・ストロング

主演
フォレスト・ウィテカー
オプラ・ウィンフリー
ジョン・キューザック
ジェーン・フォンダ
キューバ・グッディング・ジュニア
テレンス・ハワード
レニー・クラヴィッツ
ジェームズ・マースデン
デヴィッド・オイェロウォ
ヴァネッサ・レッドグレイヴ
アラン・リックマン
リーヴ・シュレイバー
ロビン・ウィリアムズ

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ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
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