『運び屋』イーストウッドなりの贖罪

概要

『運び屋』は2019年に公開されたドラマ映画。約10年ぶりに監督・主演の2役をクリント・イーストウッドが務めた作品。

あらすじ・ストーリー

デイリリーの栽培の名手として知られる園芸家のアール・ストーン。仕事のためなら家族を犠牲にすることも厭わない彼は、娘の結婚式にも出席せずにデイリリー品評会でスピーチをしていた。

しかし、7年後の2012年、インターネットの波に押されてアール・ストーンの農場は差し押さえされていた。

家族の中で唯一自身を温かく迎え入れてくれるのは孫娘のジニーだけであったが、結婚式を控えるジニーへその資金の援助すらままならない状態だった。
金に困っていたアールは「車を運転するだけで金がもらえる」という仕事に飛びつく。

こうしてアールは自分も知らない間に麻薬の運び屋として生活していくことになる。

感想・解説

クリント・イーストウッドは最も高齢の現役の映画人の一人であることは間違いない。
そんな彼にとって、生きること、日々の人生はこれから何がやれるのか、何をやるべきなのか、常に時間との戦いでもあるだろう。

そんな中でイーストウッドが役者として選んだ作品が『運び屋』だ。

今作は2014年にニューヨーク・タイムズ誌に掲載された実在の運び屋レオ・シャープの話に着想を得ている。

デイリリーの園芸業で名を馳せた男がインターネットに圧されて廃業、老いた身でありながらドラッグの運び屋になるという物語はレオ・シャープの実話そのままなのだが、イーストウッドはそこに家族の問題を絡ませてみせた。

元来クリント・イーストウッドという俳優のイメージは揺るぎない規範を持ち、自分を貫く、『理想的な男』そのものであった。それはクリント・イーストウッドが『ダーティ・ハリー』シリーズで確固たる地位を築いたことで、より強固なものになった。
しかし、『ダーティ・ハリー』と同時期に公開された『白い肌の異常な夜』では女に溺れ、そして裏切る、傷ついた軍人を演じている。
ハリー・キャラバンの影に霞んでしまったが、クリント・イーストウッドはそのキャリアの初期から人間の弱さを一貫して表現してきたわけだ。(ちなみに『白い肌の異常な夜』は2017年にソフィア・コッポラが『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』としてリメイクしている)

さて、今作でクリント・イーストウッドが演じるアール・ストーンは仕事に時間を費やし、家族との関係をなおざりにしてきた男だ。
彼は麻薬の運び屋で得た大金で家族に罪滅ぼしをしようと様々な援助を行うが、溝はなかなか埋まらない。

ちなみにクリント・イーストウッド自身も同様の後悔を自身の人生に感じているようで、アール・ストーンの抱える家族の問題にはそのままイーストウッド自身が投影されているとも見えるだろう。
華々しい映画人としての活躍の裏で、私生活では奔放であり、結婚したのは二人でありながらもの女性との間に子供をもうけている。
なお、イーストウッドと10年以上にわたって関係を持ち続けたソンドラ・ロックからは『The Good, the Bad, and the Very Ugly: A Hollywood Journey』という暴露本まで出されている始末だ。

『グラン・トリノ』では偏屈ながらもアメリカではマイノリティの弱者であるモン族のために殉じる元フォード工を演じたイーストウッド。
『運び屋』も同様にイーストウッドなりの贖罪ではないだろうか。

リアリティのある落ち着いた演出がクリント・イーストウッドの映画の1つの特徴でもあるが、それでも果たして麻薬密売に関わった男を家族はあっさり許すだろうか。
『運び屋』のエンディング、家族の支えを受けながら今を生きるアール・ストーンの姿はクリント・イーストウッドの一つの理想でもあるのだろう。

評価・レビュー

86点
俳優としても監督としても現代映画界に確固たる地位を築いているクリント・イーストウッド。生ける伝説とも呼べそうだが、私生活もまた奔放な部分があった。

今作からはそんなイーストウッド本人の内面がどこか透けて見える気がする。だからこそ、今作はクリント・イーストウッドが主演でなければならなかった。

繊細なドラマを語らせるとやはりクリント・イーストウッドは上手い。

アメコミヒーローの超大作が量産される昨今だが、こうした上質なストーリーとメッセージを求める観客も多いはずだ。

作品情報・キャスト・スタッフ

2019年製作/116分/アメリカ

監督
クリント・イーストウッド

脚本
ニック・シェンク

主演
クリント・イーストウッド
ブラッドリー・クーパー
ローレンス・フィッシュバーン
マイケル・ペーニャ
ダイアン・ウィースト
アンディ・ガルシア

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ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
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