『室井慎次 敗れざる者』がつまらなかった方へ 面白くない原因と本作の魅力とは?

概要

『室井慎次 敗れざる者』は2024年に公開された本広克行監督、柳葉敏郎主演のドラマ映画。『踊る大捜査線』のスピンオフシリーズにあたる。

あらすじ・ストーリー

室井慎次は警察改革に敗れ、今は故郷の秋田に戻り、事件関係者の子供を里親として引き取り、穏やかな暮らしを送っていた。

そんな中、自宅の向かいから死体が見つかる。

時を同じくして、家に身元不明の少女が倒れているのを見つける。

その子はかつて湾岸署を騒がせた猟奇殺人犯、日向真奈美の娘だった。

一つの事件と一人の少女。

それを機に室井の周囲では不穏な動きが広がっていく。

感想・解説

『踊る大捜査線』と言えば、邦画の実写作品として20年以上にわたって歴代No.1の興行収入記録を保持し続けている。
今作は12年ぶりの新作ということもあってか、宣伝も力が入っていて、スクリーンもかなりの数が押さえられていた。

『踊る大捜査線』の神通力

しかし、制作側のそんな気合とは裏腹に公開初週の観客の入りはお世辞にもいいとは言えなかった。
そりゃそうだと思う。『踊る大捜査線』は確かに面白いドラマだったが、もう25年以上前のドラマだ。必然的にターゲット層は狭くなるだろう。若い人はそもそも織田裕二も柳葉敏郎も知らないかもしれない。
確かに『踊る大捜査線』は傑作だとは思う。だが、その神通力は果たしてどこまで続くのだろうか。

さて、個人的にはなんとも言い難い作品であった。冒頭から『踊る大捜査線』の写真がバンバン出てくる。思いっきり過去の遺産に頼った映画でもあることがわかる。

キャラクターづくりのセンス

室井は青島の約束を話すために組織改革のチームを作ったが、5年間活動しても目標を達成できず、定年を前にして警察を辞めていた。
現在は秋田に帰郷し、犯罪被害者と犯罪加害者の子供たちの里親として静かな暮らしを営んでいた。
そこに、地域課の警官が挨拶にやってくるのだが、このキャラクターがうるさく騒がしく軽薄な男で、この映画には全く不要なキャラクターであった。全体にシリアスにしたいのだろうが、このような幼稚なキャラクターでバランスを取ったつもりなのだろうか?
『踊る大捜査線3』で伊藤淳史が演じた和久刑事の甥もいちいち和久刑事の言葉を発表するあり得ないキャラクターだったが、どうもそういうキャラクターづくりのセンスが古いように思う。
室井慎次は今作で様々な面を見せているのだが、この地域課の警官は一面的で常に大声で落ち着きがなく、殺人事件が起きても何かのイベントのようにはしゃぎまわる。こんなキャラクターを好きになる観客なんているのか?
他にもキャラクター造形で気になる部分がある。それは地域において新参者で、孤立している室井のもとに、地域の人間が忠告しに来る場面だ。おそらく見た目としては70代くらいの男性なのだが、子供の頃に聞かされた言い伝えを元に、室井がその災いをもたらす存在であることを暗に示し、この地を去るように求める。
いや、いくら老人と入っても戦後生まれでグループサウンズなどに夢中になった世代だろう。それが妖怪談のような言い伝えなど大真面目に信じているものなのだろうか?普通であれば変人扱いされるのはその老人の方だろう。

邦画の悪いところだが、必ず何かの枠にはめたようなステレオタイプのキャラクターが登場し、ある者は不自然なセリフを話し、「状況や心情の説明役」としての役割を負わされている。画に語らせる演出がないのだ。しかし、今作はそのうるさい警官を演じた矢本悠馬の演技も、子供の演技もひどい。役者の演技を責める気はない。これにOKを出したセンスを疑問視しているのだ。

そもそも秋田であれば、高校の同級生同士の会話であれば秋田弁が出てきて当然だろうが、彼らは標準語しか話さないし、会話の内容も少女マンガのようにぎこちない不自然さがある。そもそも女子にいきなり「スマホ貸して」と言ってもすんなり「いいよ」になるとは思えないが。そのあたりが全くリアルではないのだ。

個人的にはだから邦画が好きではないのだが、相変わらず進歩はない様子である。

進まないストーリー

また、今作は2部作の前半にあたるのだが、驚くほどストーリーが進まない。
語るべきことはたくさん盛り込んである。

  • 地域の中で孤立している室井と地域の人々の対立
  • 室井の捜査への復帰
  • かつての犯人である日向真奈美の娘への疑惑
  • 子供と室井の絆

だがそのほとんどが中途半端なまま次に引き継がれる。

なので、個人的にこの映画には高い評価をつけることはできない。

室井の今までにない表情

だが、観るべきところも確かにある。組織から降りた室井の、子どもたちに対する態度や表情はこれまでの彼からは考えられないほど柔和だ。ほんの少しの戸惑いはあるものの、必死に子どもたちに歩み寄ろうとしているその姿は新鮮だ(なんとキャラ弁作りにまで挑戦している!まぁ男子高校生相手にキャラベンを創ろうとしているところが室井らしい不器用なやさしさを感じさせる)。

組織の中で室井もまた苦しんできたが、一人の人間としてようやくできる範囲での己の正義を実現できるようになったのかもしれない。警察官としての信念と政治の中で悩み抜いていた室井だが、第二の人生として事件の関係者の子供たちの里親になるという生き方は、室井が確かに血の通った正義の男であることを改めて実感させてくれる。

大人の苦みと時間の重さ

また、筧利夫演じる新城との語らいもいい。なぜ室井は警察を辞めたのか、その後を継ぐ形になった新城の恨みつらみなど、大人の苦みと時間の重さを感じさせる。
このシーンや、甲本雅裕とのシーンなどは演技力もあって見ごたえのある場面になっている。

室井慎次という一人の男を描いた作品

柳葉敏郎は今作を『踊る大捜査線』ではないと明言しているが、それは実に正しいと思う。これは『踊る大捜査線』ではない。室井慎次という一人の男を描いた作品だ。その割には『踊る大捜査線』を前面にアピールしているからちょっとアンバランスではないかと思う。

青島もアーカイブ的に何度も登場しているが、その分だけ『踊る大捜査線』がどれほど面白いドラマだったかと思い知らされる。

ただ、それは『室井慎次 破れざる者』の雰囲気を乱してはいないか。そもそもこの二つは比べるような作品ではないが、アーカイブにしてしまうことで否応なく比較してしまう。

評価・レビュー

40点

う~ん、どうしても低めの点数になってしまった。秋田の田園風景など、ショットも素晴らしい所はあるが、どうしても脚本であったり台詞回しなどが気になってしまう。

また、室内の画作りが暗過ぎないだろうか。俳優の表情が読み取れないほど暗いのはどうもいただけない。

ただ、こう書いてみても11月の次作も観に行くんだろうな。本当の評価はそこまで待っていてほしい。

作品情報・キャスト・スタッフ

2024年製作/115分/日本

監督
本広克行

脚本
君塚良一

出演者
柳葉敏郎
福本莉子
齋藤潤
前山くうが・前山こうが
松下洸平
矢本悠馬
生駒里奈
丹生明里
佐々木希
筧利夫
甲本雅裕
飯島直子
小沢仁志
いしだあゆみ

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ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。