『オッペンハイマー』被爆者をなぜ描かなかったのか?批判の声を考察してみる

概要

『オッペンハイマー』は2024年に公開されたクリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー主演の伝記映画。

原爆を作った、ロバート・オッペンハイマーの半生を映画化している。

CG嫌いで知られるノーランだが、本作ではCGを一切用いていないそうだ。

アカデミー賞では作品賞をはじめとして7部門で受賞を果たすなど、高い評価を得ている。

あらすじ・ストーリー

物理学者のロバート・オッペンハイマーは

感想・解説

映画ファンは待ちに待った一本ではないだろうか。そりゃそうだ、海の向こうのアメリカでは既に昨年の夏には公開されていて、おまけに大ヒットを記録していた。

だが、日本での公開はそう簡単にはいかなかった。今作が原爆を開発したロバート・オッペンハイマーの映画であることと、あろうことかアメリカでは同時期に公開されていた『バービー』と合わせて「バーベンハイマー」という原爆を揶揄するようなネットミームが話題になっていたからだ。

言うまでもなく、日本は唯一の被爆国だ。その立場から原爆というテーマに敏感になるのは仕方ない。

また『オッペンハイマー』は原爆が大きな位置を占めている映画にもかかわらず、ヒロシマやナガサキの原爆被害が描かれていないことも賛否両論を呼んだ。

このように『オッペンハイマー』は日本の公開前から様々な話題を集めていた。

映画ファンとして、そして日本人としてこの作品は観ておかねばなるまい。

そんな気持ちで映画館へ向かった。

確かに日本の原爆被害の描写はなかった。だがここまで原爆を恐ろしく、批判的に描くとは思ってもいなかった。

本作のハイライトは世界初の原爆実験となったトリニティ実験のシーンだろう。

気が狂うかのような音響と刻一刻と迫る原爆実験の瞬間。

目が眩むほどの閃光と、時間差で襲いかかる轟音。まるで旧約聖書に出てくるゴモラの火のようだ。

「我は死神なり。世界の破壊者なり」これは古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節だが、オッペンハイマーはトリニティ実験の成功を見届けた後にこの言葉を口にしたという。

それは当時の大統領のトルーマンや米軍が原爆の破壊力をソ連に差をつける偉大な発明と感じていたのとは全く違う。

研究者として原爆に魅力はあったのだろう。そして核兵器が日本との戦争を終わらせ、またその破壊力ゆえにだれも原爆を恐れて戦争なんてしないだろう、そうオッペンハイマーは信じていたという。

しかし、それらを抜きにして冷静に原爆をみると、人類は自分たちをも絶滅させうる兵器を手にしたのだ。

ギリシャ神話において、天から火を盗み人間に分け与えた神がプロメテウスだ。

だが、人類は与えられた火で戦争を始め、プロメテウスはその罰として拷問にかけられる。

オッペンハイマーこそ、現代のプロメテウスだろう。その罰とは何だろうか。

開発者自身だからこそ、原爆の本当の恐ろしさがわかる。トリニティ実験でそれは理論から現実のものとなった。ただの大量破壊兵器ではなく、放射能が多くの犠牲者を長きにわたって生み出し続けていく。

そして、世界は原爆の恐ろしさよりも破壊力を手にすることを求めた。

オッペンハイマーはそのことに絶望し、水爆廃絶運動を繰り広げていく。

そこから先の『オッペンハイマー』は赤狩りが大きなテーマとなってくるのだが、実際は赤狩りを利用した政治的な闘争の意味合いが大きい。

さて、今日の世界には、世界を10回破壊できるほどの核兵器があるという。

まだハリウッド映画では核兵器を通常兵器の延長線上に捉えている作品が少なくない。

だが、核兵器と共存するとはどのようなことなのか、その真実が『オッペンハイマー』にはある。

評価・レビュー

96点

世界中の人々に観ておいてほしい作品だ。特に未だに核兵器を通常兵器の延長線上にあると考えている人には。

ヒロシマやナガサキでの原爆の被害が描かれていないという批判もあるようだが、個人的には十分に原爆の恐ろしさは表現できていたと思う。そもそも今作はオッペンハイマーの伝記映画であり、原爆開発はその一部だ。

さて、今回もノーランの作風は健在だ。

登場人物の多さ、時間軸の複雑さ、まだ未見の方であれば、先に登場人物の関係だけでも把握しておいたほうがいいのではないかと思う。

あえて『オッペンハイマー』には描かれていない事実も多い(劇中でオッペンハイマーが被爆者の幻覚を見る場面があるが、本当の被爆者の傷はあんなものではない)。だが、それを被爆国の国民という盾を持って非難することには違和感がある。不満があるならば、それを解消した作品を自分たちで作ればいいだけだ。

むしろ、『オッペンハイマー』が核兵器の真実を知るきっかけになってくれたらと願う。

作品情報・キャスト・スタッフ

2023年製作/180分/アメリカ

監督
クリストファー・ノーラン

脚本
クリストファー・ノーラン

主演
キリアン・マーフィー
エミリー・ブラント
マット・デイモン
ロバート・ダウニー・Jr.
フローレンス・ピュー
ジョシュ・ハートネット
ケイシー・アフレック
ラミ・マレック
ケネス・ブラナー

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ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。