『フィラデルフィア』エイズ差別を描いたジョナサン・デミの佳作

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概要

『フィラデルフィア』は1993年に公開されたジョナサン・デミ監督、トム・ハンクス、デンゼル・ワシントン主演のドラマ映画。エイズとゲイへの偏見をテーマにしている。

あらすじ・ストーリー

大手弁護士事務所に勤めるアンドリュー・ベケットは有能な弁護士であり周囲からの期待も厚かったが、同性愛者でエイズであることを会社には隠して暮らしている。
会社にとって重要な案件を任されたその日にベケットは同僚にエイズの症状の一つであるを指摘されるが、何とかごまかす。

数日間休みを取って病院へ向かったベケットだが、その間に事務所ではベケットの案件の訴状が紛失するという騒ぎが起きる。何とか提出期限までに訴状は見つかったが、会社はこの件をベケットの大きなミスだとして彼を一方的に解雇する。

ベケットはエイズである自分を解雇するために誰かが意図的に訴状を隠していたのだと考え、不当解雇で会社を訴える準備を進めるが、エイズであるベケットに手を差し伸べてくれる弁護士はなかなか見つからない。

そんな中、ベケットはかつて法廷で争ったジョー・ミラー弁護士の元を訪れる。エイズや同性愛に偏見を持っていたミラーは一度はベケットの依頼を断るも、たまたま訪れた図書館で周囲の人間から冷たい視線を浴び続けるベケットを見かけ、ともに裁判を戦うことを決意する。

感想・解説

『羊たちの沈黙』はアカデミー賞で主要5部門を制した。『或る夜の出来事』『カッコーの巣の上で』につづく三度目の快挙だつたわけだが、今作に批判の声がなかったわけではない。
劇中の猟奇殺人犯、通称「バッファロー・ビル」がゲイという設定だったため、関係団体からゲイについての差別を助長するとの声が上がったのだ。

監督のジョナサン・デミが『羊たちの沈黙』の次に取り組んだのが、今作『フィラデルフィア』だ。今作は『羊たちの沈黙』で受けた批判の声に応えるかのような内容になっている

有名法律事務所に勤務するベケットは弁護士として順調なキャリアを積んでいたが、ある時不可解なミスにより解雇される。解雇の原因が自身のエイズ感染によるものではないかと考えたベケットは、勤務先であったウィラー法律事務所を訴えようとするが、どの弁護士も彼の依頼を聞き入れようとはしなかった。かつて法廷で争った弁護士、ミラーもその一人だった。彼もまたゲイへの偏見やエイズへの偏見を持っていたのだった。

今では考えられないことだが、当時エイズは『同性愛者への天罰』だという意見があった。当時の大統領のロナルド・レーガンも同じ考えだったのかは不明だが、彼はエイズに対して有効な政策を打つことがなく、ワクチンすら認可しなかった。
同じくエイズが見つかって間もない時代を描いた『ダラス・バイヤーズ・クラブ』では、マシューマコノヒー演じる主人公のロイがエイズに感染する。ロイ自身、ブルーカラーの多い南部の人間であり、エイズはゲイの病気だと思っている。そんな自分がエイズ?仲間からも奇異の目を向けられ、ロイはそれまで持っていた偏見に自分自身が苦しめられることになる。

『フィラデルフィア』ではエイズへの偏見、同性愛への偏見をテーマにしている。
エイズや同性愛への嫌悪を強く持っていたミラー。言うなれば彼は当時の一般的なアメリカ人の内面を具現化したキャラクターでもあるだろう。
ミラーはベケットがエイズだとわかると、事務所内で彼が触れたものを消毒しようとする。また人前では言わないものの、家庭内では同性愛への嫌悪を露骨に表す。

しかし、ミラーはある日図書館でベケットが一人で訴訟の準備をしているところに遭遇する。誰もベケットのそばには近寄らず、奇異の目で遠巻きに彼を見ていた。それは計らずもエイズ患者を社会がどれほど差別し冷遇しているのかをミラーに見せつけることになった。
いたたまれなくなったミラーはベケット声をかけ、二人で訴訟を戦うことを決める。

実は『フィラデルフィア』は全くのフィクションというわけではない。ニューヨークの弁護士のは実際にエイズによって不当解雇され、所属していた法律事務所を相手取り訴訟を起こしたという実話がある。(はこの件を扱ったことは公的には認めていないものの、にを支払っている。)

そしてこのタイトルには大きな意味が込められている。フィラデルフィアはアメリカ合衆国の最初の首都であり、また独立宣言がかかれた場所でもある。

また、もともとフィラデルフィアはイギリスから迫害されたクェーカー教徒が入植したことで歴史が始まった街だ。イギリスではプロテスタントの一派であるクェーカーは法で禁じられ、逮捕などの激しい弾圧を常に受けていた。クェーカーは世俗的なキリスト教を否定し、自分の心の中にある光こそ重要であると説いたからだ。
ペン・ウィリアムズもそんな迫害を受けていたクエーカー教徒の一人だ。ペンは取り締まりの激しくなるイギリスを新大陸へむかった。新大陸でペンが統治した場所こそ、ペンシルバニアであり、その首都がフィラデルフィアだったのだ。(ちなみにペンシルバニアとは「ペンの森」という意味だ。)
アメリカでは多くの先住民が迫害され、虐殺された歴史があるが、フィラデルフィアのクエーカー教徒は先住民とも友好な関係を築いた。

そもそもフィラデルフィアとはギリシャ語で「兄弟愛」を意味する。まさにベケットとミラーの関係そのものではないか。
かの名作、『スミス 都へいく』では片田舎から担ぎ出された新人議員の青年が、不正に満ちたワシントンへ乗り込み、アメリカの建国時の理想や素晴らしさを民主主義という形に乗せて訴える物語だ。
今作『フィラデルフィア』でジョナサン・デミが訴えたかったことも同じことではないのか。エイズが浮き彫りにした現代のアメリカの差別。しかし、私たちが目指さねばならないもの、忘れてはならないものはもっと崇高な愛情ではないか。
『フィラデルフィア』として描かれたジョナサン・デミからの回答は今の時代にも通じるメッセージだろう。

評価・レビュー

95点

エイズがまだ感染すると死ぬ病気として恐れられていた時代を描いた映画だ。

名優二人の共演で、演技の面も申し分ない。トム・ハンクスの役作りはここでも徹底して行われている。

誰が観ても確かな満足感を得られる作品だと思う。

作品情報・キャスト・スタッフ

1993年製作/125分/アメリカ

監督
ジョナサン・デミ

脚本
ロン・ナイスワーナー

主演
トム・ハンクス
デンゼル・ワシントン

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