『スターシップ・トゥルーパーズ』グロテスクな描写に隠されたファシズムの本質

概要

『スターシップ・トゥルーパーズ』は1997年に公開されたポール・ヴァーホーヴェン監督、キャスパー・ヴァン・ディーン主演のSFアクション映画。

あらすじ・ストーリー

近未来、地球は軍事国家となり虫型のエイリアン、アラクニドと戦いを繰り広げていた。社会では人種差別などの差別は無くなり、唯一兵歴の有無だけが市民と一般人を分ける境界になっていた。

一般人家庭で育ったジョニー・リコは、高校の同級生であるカルメンへの憧れから軍隊を志望する。しかし、なんの取り柄もないリコが配属されたのは過酷なことで知られる歩兵部隊だった。

新兵訓練の途中、自身のミスで死傷者を出してしまったリコは軍隊を辞めることを決意するが、その頃、アラクニドがリコの故郷であるブエノスアイレスを攻撃、壊滅的な被害を出す。

ブエノスアイレスに住む両親を殺害されたリコは怒りから除隊を取り消し、一兵士としてアラクニドの住む星に戦いへ向かう。

感想・解説

これぞヴァーホーヴェン節!といえる残酷描写に溢れた作品。

興行的には失敗した作品だが、ゴア描写や人体切断などが平気であれば、十分エンターテインメント作品として楽しめるのではないだろうかと思う。

人体切断シーンにしても、グロテスクなものではなく、ほぼギャグ的にスパスパ千切れていく。こういうところはヴァーホーヴェンの変態趣味が遺憾なく発揮されているだろう。

本作の有名なエピソードとして、男女とも全裸でシャワーを浴びるシーンがある(兵歴の有無以外に差別がない社会なのだから、当然といえば当然だ)。

しかし、撮影の際に役者たちは恥ずかしがってなかなか服を脱ぐのをためらっていた。業を煮やしたヴァーホーベンは自ら裸になってカメラを回したという逸話がある(異説あり)。

ヴァーホーヴェンの次作は透明人間をテーマにした『インビジブル』だが、ハリウッドのスタジオに口出しされ、思うような映画製作ができなかったという(ヴァーホーヴェン自身も「空っぽな作品だ」と『インビジブル』を批判している)。

そしてヴァーホーヴェンはハリウッドを去り、オランダへ戻ることになるのだが、そう思うと『スターシップ・トゥルーパーズ』はヴァーホーヴェンらしさを比較的発揮できた作品ではなかろうかと思う。

ここまで残酷描写や変態趣味のみに言及してきたが、今作を観るうえでの重要なポイントは、今作がナチス・ドイツのプロパガンダ映画を下敷きにしているということだ。

軍人を主人公にしている以上、軍隊は肯定的に描かれているが、見方を変えると、アラクニドの星の住民を虐殺する地球人というようにも見える。

それでなくともすでに地球は軍による独裁政治になっているのだ。

地球連邦軍の制服をよく見れば、ナチス・ドイツに似ていることに気づくだろう。

ヴァーホーヴェンは幼い頃、連合国軍に爆撃された過去を持つ。オランダが当時ナチスの支配下にあったからだ。道端に死体が転がっているような環境で育ったという。それが今日のヴァーホーヴェンの作風に影響を与えていることは間違いない。

と同時に『スターシップ・トゥルーパーズ』には全体主義への皮肉も盛り込まれている。

「正義」の暴走は今の社会のほうがよりリアルに感じられる。

エンターテインメントだけでなく、実はメッセージ性にも優れた作品なのだ。

評価・レビュー

81点

原作者のロバート・A・ハインラインは原作小説である『宇宙の戦士』に軍隊賛美の側面を盛り込んだ。

しかし、実写にあたってそれをあえて露骨にPRし、作品のメッセージ。正反対にひっくり返しているのがヴァーホーヴェンの手腕と言える。

個人的には遠慮のない残酷描写も気に入っているのでもっと点数は高くてもいいのだが、観る人を選ぶ作品だとも思うのでこの点数にしておいた。

作品情報・キャスト・スタッフ

1997年製作/129分/アメリカ

監督
ポール・ヴァーホーヴェン

脚本
エド・ニューマイヤー

主演
キャスパー・ヴァン・ディーン
マイケル・アイアンサイド
デニス・リチャーズ

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CINEMA OVERDRIVE

ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。