『ザ・マジックアワー』なぜ村田大樹に泣けてしまうのか

概要

『ザ・マジックアワー』は2008年に公開された三谷幸喜監督、佐藤浩市主演のコメディ映画。

あらすじ・ストーリー

街を牛耳るギャングのボスの愛人であるマリと関係を持ってしまった備後(ビンゴ)だが、そのことがボスにバレてしまう。なんとか許しを請おうとする備後に、ボスは見逃す代わりに「デラ富樫」を連れてこいと命令する。

しかし、デラ富樫は誰もその姿を知らない伝説の殺し屋だった。一向にデラを見つけられない備後は一計を案じて、売れていない役者を見つけ出し、映画の撮影と騙して「デラ富樫」を演じさせようとする。

備後が目をつけたのが村田大樹という中年の売れない俳優だった。村田は自身のアクの強い演技でなかなか端役から抜け出すことができないでいた。

そんな村田は備後の話をチャンスとして撮影の話に応じる。

こうして備後はニセモノの「デラ富樫」をボスの前に連れて行くことにする。

感想・解説

『謝罪の王様』の解説の中で映画の核となる部分は脚本だと思うと述べた。脚本を映画の中心に置くとこれだけ面白い作品ができるのかという好例として、『ザ・マジックアワー』を挙げたい。

もちろん三谷幸喜がヒットメイカーの喜劇作家であることも大きいが、脚本家が監督を務め、全体の指揮を取れるようになると、映画は最大限に脚本を活かす作品になるのだ。

今作が公開された時は確か大学生だった。初めて観たのはいつか覚えていないが、20代前半だったのは間違いない。

歳を重ねるごとに本作の内容が沁みるようになった。

佐藤浩市演じる村田大樹は(もし佐藤浩市と同じ生年月日であれば)47歳。

今の私とは10歳ほどしか違わない年齢だ。その年になるまで夢を追いかける情熱と孤独はよりリアルに感じられる。

夢を追うというのはただ無邪気で能天気なことではない。時間が経てば経つほど切り捨てていかねばならないもの、諦めねばならないものも増えてくる。

きっとこの世界にはたくさんの名も無い村田大樹のような人間がたくさんいるだろう。もっと言うならば、村田大樹にすらなれなくて、それでも夢を追っている人々がごまんといるはずだ。

東京03のコントで、「役者として成功するまで故郷へ帰らない」と誓った男が帰省。だが、彼が思う成功とは再現VTRに多く出ることであり、周囲の期待する成功とは程遠く、そのギャップが笑いどころのコントがあるのだが、そう思うと、村田大樹の役者人生も本当は成功の方には入るのかもしれない。

もちろん、何が本人にとっての「マジックアワー」なのかは本人にしか決められないことだが。

監督の三谷幸喜じしんも今までに多くの「村田大樹」や「高瀬充」に会ってきたに違いない。

彼らが望んでいたことはスターになることでも金持ちになることでもなく、銀幕に映る、主演俳優としての自分を観ることではないか。少なくとも、夢の原点はそこにあったはずだ。

『ザ・マジックアワー』はそんな彼らに寄り添ってくれる、そんな作品だと思う。

評価・レビュー

84

映画史に残る傑作といった類の作品ではないものの、観てよかったと確かな満足を得られる作品だ。特に本作は三谷幸喜作品の中でも特に「大人だからこそわかる人生の苦み」がより濃く出た作品でもある。

この「確かな満足」をコンスタントに与え続けられる映画監督はそう多くはない。

三谷幸喜はその作風においてビリー・ワイルダーから多くの影響を受けたと語っているが、喜劇作とそのクオリティはむしろウディ・アレンにも通じるものがあると個人的には感じているがどうだろうか。

作品情報・キャスト・スタッフ

2008年製作/136分/日本

監督
三谷幸喜

脚本
三谷幸喜

主演
佐藤浩市
妻夫木聡
深津絵里
綾瀬はるか
西田敏行

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CINEMA OVERDRIVE

ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。