『THE 有頂天ホテル』

概要

『THE 有頂天ホテル』は2006年に公開された三谷幸喜監督、役所広司主演のコメディ映画。三谷幸喜監督作品として、歴代1位の約60億円の興行収入を記録している。

あらすじ・ストーリー

大晦日、新年までのこり2時間となったホテル・アバンティは大忙し。ホテルの威信をかけた総支配人肝入りのカウントダウン・パーティーの準備に追われているのだ。

しかし、パーティーの出演者が芸で使うアヒルが脱走し、宿泊客の中にはマスコミに追われる大物政治家の姿もあった。

ホテルの副支配人の新堂はアシスタントマネージャーの矢部と様々なトラブルに対応するが、ホテルの宿泊客の中に別れた元妻を見つける。偶然の再会に、演出家の夢を諦めてホテルに転職したことを知られたくなかった新堂はとっさに宿泊客を装い、元妻に嘘をついてしまう。

パーティーまで残りわずかなホテル・アバンティは宿泊客と従業員がそれぞれの思いを抱える中、様々なトラブルに巻き込まれていく。

感想・解説

プラネット・テラー in グラインドハウス』の感想でも書いたように、大学生の頃はほとんど映画を観なかった。

社会人になってから、職場と家の途中にレンタルビデオ店があり(当時はストリーミングサービスはメジャーではなかったのだ)、余暇の時間潰しとして利用し始めたのが、映画熱が再燃し始めたきっかけだった。

そんな時に出会った作品の一つが『THE 有頂天ホテル』だった。

今思うとこの作品が三谷幸喜監督のファンになるきっかけとなった。

一応主人公は役所広司演じるホテルアバンディの福支配人である新堂なのだが、実際には様々な登場人物の人生模様を同時に描くグランドホテル形式の作品である。

そのためにキャストも非常に豪華な顔ぶれとなっており、唐沢寿明やオダギリジョーなど、本来であれば主役級の俳優たちが端役で出演している(これほどのオールスターキャストは近年では『シン・ゴジラ』くらいではないだろうか?)。

残念ながら『みんなのいえ』では三谷幸喜ファンにはなれなかった私だが、『ザ・有頂天ホテル』には心から圧倒され、感動した。レンタル期間の終了を待たずにそのままDVDを購入してしまったほどだ。

その魅力は緻密な脚本と、エンディングの素晴らしさにある。

設定は映画の上映時間と同じ、大晦日までの2時間の出来事を描いているのだが、そこでよくこれだけの人数の人生模様を手掛けるものだと驚く。もちろんそれらは各々の人生の僅かな断片に過ぎない。しかし、それらの設定やセリフの一つ一つからおぼろげながらその人の生きてきた日々が見えてくるのだ。

登場人物の誰もが過去に負い目を抱え、今と葛藤しながら生きている。それはスクリーンの前で映画を観ている私達も同じだろう。

映画館を後にしたら、それぞれ現実の悩みや不安を再び抱えながら帰路につくのだ。

だが、『THE 有頂天ホテル』はそれぞれの登場人物に僅かな希望や幸せが生まれて大団円を迎える。フィナーレでYOUが歌う『If My Friends Could See Me Now!』もこれ以上ない完璧なエンディングだろう。

こういった喜劇作に求められるのは、映画館に集まった観客たちの日々の悩みや不安をエンターテインメントを通じて少しでも解消することだと思うが、『ザ・有頂天ホテル』はそれが出来る優秀な作品だと思う。

評価・レビュー

96点

興行収入60億円という大ヒット作だが、本作を観ればなぜこれほどヒットしたのかも納得できると思う。

『If My Friends Could See Me Now!』では「今の私を見てほしい」という内容の歌詞だが、そう言える人は実際にそう多くはないだろう。だが、ほんの少しの奇跡で人生は輝くのだ。

映画のようなハッピーエンドも本作にはよく似合っている。『ザ・マジックアワー』で三谷幸喜の作品をウディ・アレンに通じると書いたが、作風そのものはフランク・キャプラの匂いも強いように思う(キャプラに関しては『ステキな金縛り』の劇中でも言及されている)。

本作にはキャプラの名作『素晴らしき哉、人生!』のような人生讃歌と幸福感を感じる。

そこにはいつの時代も変わらないヒューマニズムが確かにある。

作品情報・キャスト・スタッフ

2006年製作/136分/日本

監督
三谷幸喜

脚本
三谷幸喜

主演
役所広司
松たか子
佐藤浩市
香取慎吾
篠原涼子
戸田恵子
生瀬勝久
麻生久美子
YOU
オダギリジョー
角野卓造
寺島進
浅野和之
近藤芳正
川平慈英
堀内敬子
梶原善
石井正則
原田美枝子
唐沢寿明
津川雅彦
伊東四朗
西田敏行

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CINEMA OVERDRIVE

ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。