『イエスタデイ』ビートルズのいない世界で描かれた、「奇跡」

概要

『イエスタデイ』は2019年のアメリカ映画。監督はダニー・ボイル、主演はヒメーシュ・パテルが務めている。

ビートルズの存在しない世界で、ビートルズを覚えていたミュージシャン志望の青年を描く。

あらすじ・ストーリー

売れないミュージシャンのジャックは音楽教師の職を辞め、ホームセンターで働きながらプロになることを目指していた。

彼の幼馴染みで小学校教師のエリーがマネージャーとして献身的に彼を支えていたが、ジャックはうまくいかない音楽を諦めようかとしていた。

そんなある日、世界で12秒間だけ停電が起きる。ジャックはその時たまたま交通事故に遭い、バスに轢かれる。
病院で目覚めたジャック。退院した彼は世界の誰もビートルズを覚えていないことに気づく。

ジャックはビートルズの楽曲でミュージシャンとして成り上がろうと画策する。

感想・解説

ダニー・ボイルとリチャード・カーティス。この組み合わせには思わず大きな期待を寄せてしまうが、出来上がったものは小ぶりな秀作といったところか。

ひょんなことからスターダムにのしあがっていく男の物語ではあるが、決してスケールの大きいダイナミックなものではなく、むしろ周囲の人々との人間関係に軸を置いた作品でもあるからだ。

ポップミュージックにおいてビートルズの築いた功績はあまりに大きい。劇中で使われるさまざまなビートルズの楽曲。その素晴らしいメロディを聴くだけでも、なぜ今なお世界中でビートルズが愛され続け、決して古びないかがわかる。

しかし、あの時代のビートルズにのし掛かるプレッシャーは重圧は四人ですら耐えることができないほど大きなものだった。
それをひとりで背負うことになった男の話であるならば、物語はもっと起伏のあるストーリーでもよかったとは思う。

ビートルズもそのあまりの人気を自分たちで抱え込ぬことができず、解散することになった。ましてやひとりの男にその人気が集中するならば、その重圧と狂気はいかほどのものか。

ジャックが津波のように押し寄せる人気の中で救いを求めて歌う「ヘルプ!」は原曲よりもパンキッシュなアレンジになっており、彼の心境を言葉より雄弁に語ってくれる。

この曲はポップな曲調とは裏腹に、当時のビートルズ人気の加熱とその熱狂に飲み込まれていくジョン・レノンの悲痛な叫びが歌詞となっている。

その歌詞はそのままジャックの叫びでもあった。「助けて!」それはジャックの心からの叫びだったが。その叫びすらも観客はエンターテインメントとして受け取ってしまう。ジャックはその孤独をさらに深めていくことになる。

そんなジャックを救うのもまたビートルズだ。

人生の価値

ジャックが訪れたのはビートルズが生まれた町、リバプール。そこにいたのはジョン・レノンだった。
ビートルズが存在しない世界でジョンはミュージシャンではなく、水夫として慎ましくも穏やかに生きていた。

正に映画の奇跡とも言える名シーンだ。個人的には78歳になったジョン・レノンが画面に登場するだけで胸が一杯になった。

「幸せになる秘訣を知りたいか。愛したい女に愛を伝え、嘘をつかずに生きることだ。」

ジョンはそうジャックに伝える。有名になることでも、成功することでもなく、もっと細やかでシンプルなことで人生は満たされるのだ。

評価・レビュー

76点

本作に過度な期待は禁物だ。だが、ジョン・レノンの登場だけですべて吹き飛ぶ。そのシーンはまさに「奇跡」としか呼べない瞬間だ。

そのシーンだけでも充分に観る価値はある。

作品情報・キャスト・スタッフ

2019年製作/ 116分/イギリス

監督
ダニー・ボイル

脚本
リチャード・カーティス

主演
ヒメーシュ・パテル
リリー・ジェームズ

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CINEMA OVERDRIVE

ロックミュージックに欠かせないエフェクター、OVERDRIVE。
それはクリーンな音に歪みを与え、それまでの音楽に新しい可能性をもたらした。
CINEMA OVERDRIVEもまた「個人的な評価」という歪みによって、映画の捉え方・楽しみ方を広げていきたい。